常夏の鎮魂歌【ソムタムの作り方】
こんにちは、J子です。
一時帰国ですっかりブログ更新がストップしてました。
気を抜くとこうなるので、地味に細々と続けていきたいと思います。
では久しぶりの記事、どうぞ。
ソムタムタイ
陽が沈みかけた異国のコンドミニアムの一室で、女は今日も、それに取り掛かろうとしていた。
口元に薄笑いを浮かべながら、慣れた手つきで次々に道具を並べる。
毎晩のように奏でられるレクイエムは、女が火を付けるところから始まる。
(うちはカシューナッツです)
灼熱の鉄板の上で、じりじりと音を立てながら焼け焦げていく豆を、女は冷ややかな目つきで見下ろした。
「そう、このくらいでいい。」
マナオを2つ半分に切ると、女はごくりと唾を飲み込んだ。
(マナオを絞る)
この国へ来てからマナオを絞る事は幾度となくあったが、女はこれがいちばん好きだった。
押し付けると滴り落ちる感触が、道具を伝わって身体に入ってきた。
女は恍惚の表情を浮かべながら、残りのマナオを絞り切った。
皮を剥ぐ作業は好きではないが、そうも言っていられない。
シンクに無造作に放り出された皮は、それでもなお生きているような佇まいで恐怖を駆り立てた。
この国では千切りする必要はない。
これは都合が良かった。
(ソムタム用ピーラー)
女は興奮を押し殺しながら静かに息を吸い込んだ。
換気扇の回る音とスライスの音が、不気味に響いた。
「充分ね…。」
微かに額に汗が滲んでいた。
速くなる鼓動を感じながら、女は棒を手にした。
その時、何も知らない子供が2人入ってきた。
「何をしてるの?」
無垢な子供には余りに悲壮で残酷な光景だった。
「あっちへ行っていなさい。子供が見るもんじゃない。」
子供たちは不満げな表情を浮かべながらも、女の鬼気迫るものを感じ取り、そそくさと部屋から出て行った。
「これで良かったんだ…」
そう呟くと、感情を打ち消すように一心不乱に棒を振り下ろした。
生臭い香り(ナンプラー)が立ち込める部屋に、コツコツコツと、規則正しい恐怖の旋律が流れていた。
どのくらいの時間が経っただろう。
随分と長い間こうしていたような気がする。
(3〜5分くらい)
気がつくと、女はそれを口に含んでいた。
「旨い…」
歓喜の声は意外にも静かで重いものであった。
頰にはひとすじの涙が流れていた。